翻訳テクニック集 目次

関係代名詞

英語では、節が名詞を修飾するときに関係詞を使用します。中でもよく使われるのが関係代名詞です。

(例1) a function that converts lower-case letters to upper-case letters

小文字を大文字に変換する関数

関係代名詞に前置詞が付くこともあります。

(例2) two techniques by which the efficiency of hydrogen production may be able to be increased

水素製造の効率を改善できる可能性がある2つの技術

(注: 英文の構造を明確に訳文に反映させるために、ここでは逐語訳を示しました。)

注目すべき点があります。

例2の英文ではby whichと書かれて、文の中でのtwo techniquesの位置づけが明確になっています。つまり、be increasedとtwo techniquesがbyの関係にあることがby whichによって明示されています。two techniquesはbe increasedの手段です (道具格)。

例1の英文でも、a functionがconvertsの主語に相当する (動作主格である) ことが、thatの直後に動詞が来ることから分かります。

それに対して、例2の日本語文では「技術」が「改善できる」の手段であることが明示されていません。

改善できる可能性がある → 2つの技術

動詞の連体形「ある」がその後の体言「技術」にかかっています。動詞の連体形の後に体言が来るという構造は、例1の日本語文とまったく同じです。

小文字を大文字に変換する → 関数

翻訳という観点から見ると、by whichのbyを無視して機械的に言葉の置き換え・語順の入れ替えをするだけでも、それなりの日本語訳が作れてしまいます。

日本語の連体修飾では格が明示されない

別の角度から分析してみましょう。

例1の英文を、関係代名詞を使わずに1文として独立させると、以下のようになります。

(例3) A function converts lower-case letters to upper-case letters.

関数小文字を大文字に変換する。

この書き換えから、例1の日本語文では「関数」が「変換する」の動作主だったことが分かります (動作主格)。

同様に、例2の英文も変形してみます。

(例4) The efficiency of hydrogen production may be able to be increased by two techniques.

2つの技術により、水素製造の効率を改善できる可能性がある。

例4の日本語文であれば、「技術」と「改善できる」の関係が明確です。「技術」は「改善できる」の手段に相当します (道具格)。

このように、日本語の連体修飾では被修飾部の格が明示されません。例2の日本語文でいえば、「改善できる」と「技術」の間の関係は文に明示されません。どのような関係にあるかは、読み手が持つ知識によって判断されます。まとめておきましょう。

被修飾語 (被修飾部) が文の中でどのような働きをしているか (格) は示されず、読み手の推測に任される。

例:
関数小文字を大文字に変換する
→ 小文字を大文字に変換する関数
2つの技術により、水素製造の効率を改善できる可能性がある
→ 水素製造の効率を改善できる可能性がある2つの技術

前置詞の意味を訳文に反映させる

翻訳のときに、この日本語の特性が問題になることがあります。

例1・例2と同じ要領で次の英文を翻訳してみます。

(例5) a directory from which the installation files are copied

インストール ファイルがコピーされるディレクトリ

(注: 英文の構造を明確に訳文に反映させるために、ここでは逐語訳を示しました。)

例2の英文を翻訳するときにby whichのbyを無視して機械的に言葉の置き換え・語順の入れ替えをするだけでそれなりの日本語訳が作れたので、例5にあるfrom whichのfromも無視されがちです。

別の英文を考えてみます。

(例6) a directory to which the installation files are copied

例5の前置詞fromをtoに置き換えたものです。

前述の要領でtoを無視して翻訳すると以下のようになりますが、 (例6) インストール ファイルがコピーされるディレクトリ この日本語訳は例5と同じです。例5と例6の英文に意味の違いがないなら、日本語訳も同じで構いません。しかし、例5と例6では英文の意味が違います。

例5と例6の英文を、関係代名詞を使わずに1文として独立させると、以下のようになります。

(例7) The installation files are copied from a directory.

インストール ファイルがディレクトリからコピーされる。

(例8) The installation files are copied to a directory.

インストール ファイルがディレクトリにコピーされる。

ファイルをコピーする方向が違いますから、日本語訳にもその近いを反映させなければなりませんが、例5と例6の日本語訳ではその違いが反映されていません。原因は、fromやtoを無視して翻訳したことです。

fromやtoの意味を残して翻訳するには、少し工夫する必要があります。

(例9) a directory from which the installation files are copied

インストール ファイルのコピー元ディレクトリ

(例10) a directory to which the installation files are copied

インストール ファイルのコピー先ディレクトリ

関係代名詞に前置詞が付く場合は、よくよく注意して翻訳しなければなりません。

範囲を表す場合

別の例を考えてみます。

(例11) the date and time before which the form must be sent

フォームが送信されなければならない日時

(注: 英文の構造を明確に訳文に反映させるために、ここでは逐語訳を示しました。)

例11の訳文では、この日時ぴったりにフォームを送信しなければならず、送信がそれより前でも後でもいけない、という意味にとられてしまいます。これではbeforeの意味を正しく反映していません。

このbeforeはどのようなことを言い表しているでしょうか。例11の英文を、関係代名詞を使わずに1文として独立させると、以下のようになります。

(例12) The form must be sent before the date and time.

この日時より前にフォームが送信されなければならない。

例11の英文を正しく翻訳するには、この日時に至るまでに送信されなければならない、という意味を出さなければなりません。

the date and time before which the form must be sent

フォーム送信期限の日時

例11の英文が以下のように書かれていれば、翻訳時にbeforeを見落としてもまだ救いがありそうです。

(例13) the date and time before which the form must have been sent

フォームが送信されていなければならない日時

この時点で既に送信された状態になっていなければならない、という意味はかろうじて出ています。それでも、やはり意味が分かりにくいことは否定できません。例13も「期限」と翻訳するほうが明快です。

the date and time before which the form must have been sent

フォーム送信期限の日時

今度は、例11で示したbeforeがafterに置き換わった場合について考えてみましょう。

(例14) the date and time after which the form must be sent

実際にこのような表現を見たことはありませんが、翻訳のトレーニングとしてafterの場合についても考えることにします。

もちろんafterを無視して翻訳してはなりません。

(×) フォームが送信されなければならない日時

例14の英文が表しているのは「その日時より後にフォームを送信しなければならない」状況です。上記の訳ではこの意味がまったく伝わりません。beforeの場合は「期限」という便利な単語がありましたが、afterの場合はどのように翻訳したらよいでしょうか。

大事なポイントは「この日時より後」の意味を出すことです。

例14の意味は文脈によって変わるので、一概にこの訳というものは出せませんが、まずは「この日時より前はフォームの送信が不要だが、この日時より後はフォームの送信が必要」という意味であるとして翻訳してみましょう。

フォームの送信が必要になる日時

言いたいことは分かりますが、いまひとつはっきりしません。

フォームの送信が必要とされるようになる日時

訳が少し長くなってしまいましたが、これくらい書かないと伝わりにくいです。

別の文脈を考えることもできます。「この日時より前にフォームを送信してはならない」という意味であれば、以下のように翻訳できます。

フォームの受け付けが開始される日時

フォームの送信が可能になる日時

beforeをafterに置き換えただけですが、翻訳は格段に難しくなりました。

関係代名詞に前置詞が付く場合は、翻訳に工夫が求められます。原文の意味を十分にくみとって、その意味から外れないように細心の注意を払う必要があります。

もうひとつ考えてみます。

(例15) a bandwidth below which the BWCTL function will not reduce the original bandwidth

もちろんbelowを無視して翻訳してはなりません。

(×) BWCTL機能が当初の帯域幅を縮小しない帯域幅

このbelowが表す意味を明確にするために、例15の英文を、関係代名詞を使わずに1文として独立させてみます。

(例12) The BWCTL function will not reduce the original bandwidth below a bandwidth.

BWCTL機能は、当初の帯域幅をある帯域幅以下に縮小しない。

つまり縮小の「限界」を表しています。それ以下に縮小しないと言っていますから「下限」がぴったりはまりそうです。

BWCTL機能が当初の帯域幅を縮小する下限の帯域幅

鮮やかに翻訳できました!めでたしめでたし……というわけにはいかないのですね。

念のために、この訳が何を意味するか検討しましょう。

「当初の帯域幅を縮小する下限の帯域幅」という日本語は何を表すでしょうか。元の英文から離れて、この日本語訳だけを考えてください。 この日本語訳が意味するのはどちらでしょうか。

  • 縮小後の帯域幅の下限
  • 縮小幅の下限
├─────┤←─── 縮小幅 ───┤当初の帯域幅
 縮小後の
 帯域幅

「当初の帯域幅を縮小する下限の帯域幅」は上記のいずれにも解釈できそうです。元の英文の意味を知っていれば解釈に迷うことはありませんが、読者は日本語訳しか読みませんから、読者には意味がまったく通じないことになります。

工夫が必要です。

BWCTL機能で当初の帯域幅を縮小するときに維持する最低限の帯域幅

BWCTL機能で当初の帯域幅を縮小した後も維持する最低限の帯域幅

翻訳者は原文の意味を知っています。当然です。しかし、原文を読んで理解したがために、第三者の視点で訳文を見直すのが困難になりがちです。翻訳は、いかに先入観 (思い込み) を取り除くかが勝負です。

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