翻訳テクニック集 目次

might

英語の助動詞は微妙なニュアンスを伝えます。中には日本人にとって分かりにくいものもあります。そもそも言葉の感覚は人それぞれ違っており、英語を母語とする人であっても人によって感じ方が異なるくらいですから、日本人にとって難しいのも当然かもしれません。こつこつと経験を積み重ねていく必要があります。

技術英語で可能性を表すときには、助動詞canやmayのほか、mightも使われます。

助動詞mightはmayの過去形ですが、技術翻訳で出てくるmightが時間的な過去を表すことはほとんどなく、たいていは仮定法から派生した用法です。仮定のニュアンスを帯びているので、mayより低い可能性を表していたり、遠まわしで控えめな表現であったりします。

手元のMerriam-Webster's Collegiate Dictionaryでは以下のように説明されています。

might
- used in auxiliary function to express permission, liberty, probability, possibility in the past <the president might do nothing without the board's consent>
or a present condition contrary to fact <if you were older you might understand>
or less probability or possibility than may <might get there before it rains>
or as a polite alternative to may <might I ask who is calling>
or to ought or should <you might at least apologize>
(注: 読みやすくするために意味の区切れで改行しました。)

技術翻訳では多くの場合、mightを「……場合がある」や「……可能性がある」と翻訳します。

用例を見てみましょう。

(文1) Unsaved data records are automatically recovered by the editor, but the most recent changes might be lost.

保存されていないデータ レコードはエディタによって自動的に復元されますが、直近の変更内容が失われる場合があります。

ただし、常に「……場合 (可能性) があります」と翻訳すればよいとは限りません。

(文2) The administrator password might need to be changed at regular intervals.
(×) 管理者のパスワードは定期的に変更する必要がある場合があります。

変更する必要があるのかないのか、さっぱり分かりません。 状況に応じて変更が必要なことも不要なこともあるなら、mightを副詞的に訳出すると分かりやすくなります。

必要に応じて管理者のパスワードを定期的に変更してください。

さらに踏み込む

文脈によっては、さらに踏み込むことができます。

助動詞のない文と比較してみます。

(文3) The administrator password needs to be changed at regular intervals.

mightを使わずに正面からneedと言うと、かなり強いニュアンスになります。有無を言わさずに、絶対に変更するように迫ってきます。それと比べると、mightがある場合は柔らかいニュアンスになります。

セキュリティの観点からはパスワードを定期的に変更するべきですから、mightなしで書けばよさそうなものです。しかし、定期的にパスワードを変更するのは手間がかかりますし、入力するパスワードがたびたび変わるのは人間 (ここではadministrator) の精神的な負担も大きいのでしょう。真正面から正論をぶつけるのではなく、mightを添えて角が立たないようにしたと思われます。

この英文を日本語に翻訳する場合も、少し控えめな表現で訳出することにしましょう。

mightのある場合 (文2) の翻訳を検討する前に、まずmightのない場合 (文3) の翻訳を考えてみます。

(文3) The administrator password needs to be changed at regular intervals.

管理者のパスワードは定期的に変更する必要があります。

管理者のパスワードは必ず定期的に変更してください。

原文でも訳文でも読者にストレートに要求しています。

この訳文にmightのニュアンスを乗せるのですが、needに惑わされないでください。

(文2) The administrator password might need to be changed at regular intervals.

(×) 管理者のパスワードは定期的に変更する必要があるかもしれません。

(×) 管理者のパスワードは定期的に変更する必要があると言えるでしょう。

原文ではneedを使っていますが、このneedは、必要の有無を述べているというよりも、読者に対して特定の行為を要求していると考えるべきです。

ですから、mightがある場合の文 (文2) を日本語に翻訳する場合も、要求として翻訳します。ただしmightがあるので、ストレートな要求を和らげた表現を使います。

(文2) The administrator password might need to be changed at regular intervals.

管理者のパスワードは定期的に変更するようにしてください。

別の表現で可能性を表す

別のmightの例も見てみましょう。

(文4) Some system properties might have certain limits.

このmightは可能性を表しています。文4の単語をすべて逐一日本語に翻訳すると、以下のような訳文になります。

一部のシステム プロパティには一定の制限が設けられている場合があります。
一部のシステム プロパティには何らかの制限が設けられている場合があります。

limitが不特定ということはあり得ないので、certainをあえて訳出する必要はありません。テクニカルライティングの観点からは、訳文をシンプルにすべきです。訳文がシンプルになれば、読みやすく分かりやすくなりす。certainの訳は省略しましょう。

一部のシステム プロパティには制限が設けられている場合があります。

次に、助動詞mightの訳を検討します。このmightは可能性を表しています。つまり、limitがある場合もない場合もあるわけですが、それは既に主語のsomeで表されています。some system propertiesと述べた時点で、該当するsystem propertiesと該当しないsystem propertiesが暗黙のうちに対比されているからです。したがって、someとmightを両方とも明示的に訳出する必要はなく、一方を訳文から省略して構いません。省略することで、日本語訳が読みやすくなります。訳し方は、文脈によっていくつも考えられます。

(文4) Some system properties might have certain limits.

一部のシステム プロパティには制限が設けられています。

システム プロパティには制限が設けられている場合があります。

システム プロパティによっては制限が設けられています。

「……によっては」という表現は、該当する場合もあれば該当しない場合もあることを意味するので、「……場合があります」と併用して システム プロパティによっては制限が設けられている場合があります。 と書く必要はありません。冗長です。

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