読書ノート: 美の考古学

12 2月

最近の若い人は車に興味を示さなくなったと言われる。同じような変化を、縄文後期の人たちも経験していた。

もちろん、縄文人や弥生人が自動車を組み立てて運転していたわけではない。しかし、昭和の後半に多くの日本人が車に重ねたのと似た思いを、縄文人は土器に重ねていた。その価値観が技術革新の波に洗われた。縄文人と弥生人では土器に寄せる思いが異なる。現代の若者が車に抱く思いも、一昔前とは違う。

かつては車がステータスシンボルだった。車を運転することで行動能力を拡大し、車を所有することで豊かな暮らしを実感した。高級車に限れば今でも地位の象徴として機能している。

現代人にとって車が単なる移動手段でないのと同様に、縄文人にとっても土器は単なる煮炊きの道具ではなかった。もちろん、最初は煮炊きの道具であったが、やがて「意識・感情・立場を表す社会的メディア」としての役割を帯びた。

縄文時代の特徴は定住と狩猟採集生活である。縄文前期には気候が温暖になり、人々が森林や海洋の資源に頼って定住するようになった。しかし、定住することは毎日同じメンバーと顔を突き合わせるということだ。人間関係は複雑になる。

人々は、集団の中で自身が占める地位を高めたいと願うようになった。土器の製作技術やセンスは自己アピールの手段になる。次第に土器のデザインが磨かれていった。村の人々が独自のデザインの土器を共有することで結束も強まっただろうと著者は推測する。最終的には、およそ実用的とは思えないほど造形が進化し、土器の縁が火炎のように高く立ち上がったり、表面に渦巻き文様が盛り上げられたりした。そんな土器は、縄文人にとって最先端の、めっちゃカッコいいアイテムだったに違いない (最先端のスマホに夢中になる現代人によく似ている)。

そこに農耕が伝わる。農耕生活を始めて周囲の環境をコントロールする視点に立ったことで、物事の認知方法が変化した。あんなに激しい造形を見せた土器も、合理化されて機能を追求するようになる。美のあり方は社会のあり方を反映する。

この後も、古墳の誕生そして衰退と、社会のあり方を反映して美のあり方も変化していく。

時代が下って現代。若者の車離れが指摘されて久しい。いろいろな理由があるだろう。可処分所得が減少している。スマホなどの情報通信機器にお金がかかる。大気汚染やエネルギー消費などのマイナスイメージが伴う。自動車がコモディティ化している。

どれも的を射ているが、車のシンボル性が薄れ、移動手段としての機能が重視されるようになったということだ。自動車本来の機能に回帰したことになる。この過程は、もともと煮炊きの道具だった土器がメッセージ性を帯び、やがてまた機能重視に回帰する過程と重なる。

縄文人も現代人そっくりだ。すぐ隣にいてもおかしくない。土器がいとおしくなってきた。

【書誌情報】
書名: 美の考古学 ― 古代人は何に魅せられてきたか
著者: 松木 武彦
出版元: 新潮社 (新潮選書)
出版年月: 2016年1月


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